Jpeg. 発明との合作(?)、炭に込めてみる、水晶

 思いもかけず、グラヴィトンを込めた紙を燃やす事で、その辺にあるものをグラヴィトン化していく事に気がついた後、主人は関博士の著書の中にあった、水晶を使ってのグラヴィトンの実験装置に興味を抱いていた。何とかしてこの『磁石』から出てくる「何か」を見える形にして証明できないものか…。この『磁石』から出てくる「何か」も同じグラヴィトンと仮定したら、ひょっとしたら実験してみると、同じ結果が出るんじゃないのか?
 でも、実際、本の中で紹介されている事と同じ実験をするには、こんな普通の家の中にあるような物を使って…、という訳には行かない。当たり前だ…。いくら「ちょっと怪しい人になってしまったんじゃないの…?」と思っても、そこはやはり工学博士だ。違いすぎる。ものすごくすばらしい発見につながるような実験を自宅にあるなべや、フライパンなどを使ってするのは、あまりにも笑えてしまうではないか…。そういえば、子供の頃に読んだマンガに「エイリアン通り」というのがあったが、そこに出てくる主人公も自宅の秘密の部屋の中で、偶然新種のウイルスを、やはり普通の家庭台所用品で作ってしまうというシーンがあったよな・・・。 
 とにかく、全く同じことができないにしても、少しずつ条件を合わせていけば、何か新しい事が見つかるかもしれないと思い、主人は早速インターネット上で見つけたお店で水晶を注文した。同時に昔主人がたまたま買って持っていた、ピンクの水晶にとりあえずグラヴィトンが込められるか、同じように紙を燃やして試してみた。やっぱりジーンとくる。
 「えー!どこどこ。見せて見せて!!!私も!私も!」同じ様に試してみたい子供達で、取り合いになってしまった。
 と、そのとき主人が「ちょっと待って
!!」と、今込めたばかりのピンク水晶を子供たちから取り上げて、手に取り、それを振ってみた。いわゆる「一寸法師」に出てくる「打ち出の小槌」の要領だ…。

 不思議な事に、主人が水晶を振るたびに、何か圧迫感のあるような「何か」がヴーン、ヴーンと出てくるのだ。文字にすると「ズとブの間」のような感じ。水晶を振るたびに、グラヴィトン化した物を額に近づけた時に感じるのと同じ圧迫感がある。すごい!!初めての体験だ!! 
 水晶は、グラヴィトンを込められるだけではなく、それを増幅して発生させる事ができるのかも…。実際、関博士の著書の中でも、水晶についての説明に、右巻き水晶と左巻き水晶があり、右巻きのものは受信したエネルギーを増幅して出す事ができるが、左巻きは受信したエネルギーを吸い込む一方である、みたいな事が書かれていた。右巻きと左巻きの区別の仕方も書いてあったが、説明が難しすぎて、要するに「素人では判断できない」という事だけは分かっていた。
 この体験は奇しくもその事を裏付ける結果となったのだ。すなわち、主人が買ったピンク水晶は、明らかに「右巻き水晶」だったのだ。時には子供に取り合いの姉妹げんかもさせてみるものである!?今回のこの体験は子供達の邪魔のおかげだ!? 
 同じく、著書の中に「備長炭などの炭」からもグラヴィトンは出ているという記述があったので、それを試すべく主人は額にこれまた、たまたま家にあった「備長炭」を近づけてみた。同じ感じがあるとの事。私も試すがこれは私にはあんまり分からない。
 水晶で味を占めたので、今度は家族総出で、家中の「炭」を集めて庭で寒空の中、「護摩だき」ならぬ、「グラヴィトンだき」をする。21世紀最初の年の、立春の日だった。
 なんか、こうして火に当たっているとなんだか眉間の奥のほうがジンジンしてきた。子供達も「なんか頭痛い…」と訴えてくる。でも不思議と何故か「心地のいい」頭の痛さなのだ。
 時折風にあおられて、煙にむせびながら、お寺や神社で線香をたいたり、いわゆる「おたきあげ」をした煙を手でかき集めて頭に寄せていると、「頭がよくなるから」と、昔おばあちゃんに言われて、けむたいのにこんな感じで煙を浴びた事あったよなぁ、と思い出した。
 ひょっとして、昔の人たちが浴びようとしていたのはこのグラヴィトンなんじゃないか!?
 昔の人たちって、案外それを本能で知っていたのかもしれない…。
 「頭がよくなる」というのは、例えば納豆菌にもグラヴィトンが多量に含まれているらしいが、その納豆が好きで好きで、毎日あほほど納豆を食事に取り入れていたあるアメリカの少年がIQ260ある、という話を聞いた事がある。
 グラヴィトンを取り込む事ができると寿命が延びる、という話も関博士の著書の中にあった。それが本当だとすると、あのお寺や神社で見かける、お年より達の行為にも納得がいく。彼ら自身はもちろん何も自覚はしていない。が、昔から代々伝わってきた事だから、その伝統にかなってやっているだけなのだ。
 「伝統」って一体何なんだろう・・・。ひょっとしたら、いにしえからの、後世に伝えていかなければならない、とても重要な情報源であるとともに、それは間違いなく、そこの文化圏の中における一番的確な、また一番手っ取り早い「グラヴィトンを体に取り込む」方法なのではないか・・・。
 そう思って今自分が置かれている日本文化に目を向けてみると、なるほど、その仮説が実は正しいのではないか・・・、と思えるようなことがいっぱいあることに気がついてくる。つづき

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